学校沿革

■沿革

 明治33年、私立埼玉女学校を引き継ぐ形で、埼玉県高等女学校が設立されました。その目的は、女子教育の普及と女子教員の育成を図ることにありました。

 翌34年、新設埼玉県女子師範学校に併置され、同年、埼玉県立浦和高等女学校と改称し、県下唯一の高等女学校として女子教育の中核を担うことになりました。

 その後、女子生徒の進学率の増加にともない、44年には女子師範学校から分離独立しました。明治・大正期の女子教育では、女性は社会常識を備えた「良妻賢母」として、家庭に入ることが目標とされていました。昭和に入り、女性としての理想を持ち、自立を目指そうとする傾向が現れてきますが、日本は戦争の時代に向かいます。

 昭和16年、埼玉県立浦和第一高等女学校となり、やがて終戦を迎えました。

 昭和23年、新制高等学校として、埼玉県立浦和第一女子高等学校と改称されました。教育においては男女平等のもとで個人の自由・個性・能力などが重視されるようになり、本校の卒業生は社会の様々な分野で活躍するようになりました。

 本校は2000年(平成12年)に創立100周年を迎えました。

年表

 明治33年 3月  設立 埼玉県高等女学校と称す 4年制・4学級

   私立埼玉女学校生徒を引き継ぐ当時の校舎は現埼玉会館および県立浦和図書館の位置 

 明治34年 3月  新設埼玉県女子師範学校に併置

 明治34年 8月  埼玉県立浦和高等女学校と改称

 明治43年 11月  現在地に校舎新築落成移転

 明治44年 4月  女子師範学校から分離

 昭和16年 4月  埼玉県立浦和第一高等女学校と改称

 昭和19年 5月  附属幼稚園を設置

 昭和23年 9月  定時制課程併設

 昭和24年 10月  創立50周年記念式典祝賀式挙行

 昭和25年 3月  制服制定(現在の制服)

 昭和25年 5月  生徒会発足

 昭和31年 2月  新校歌「アカシアはもえ」制定

 昭和34年 11月  2号館(HR棟)落成

 昭和36年 12月  1号館(管理棟)落成

 昭和55年 3月  3号館(教室・部室棟)落成

 平成 8年 8月  オーストラリア研修旅行(インターリンクス事業)開始

 平成12年 10月  創立百周年記念式典及び祝賀会挙行

 平成14年 4月  二期制65分授業開始

 平成16年 4月  文部科学省「スーパーサイエンスハイスクール」指定校

            埼玉県教育委員会「進学指導アドバンスプラン」指定

            企画特色化事業

 平成17年 9月  2号館・3号館エアコン設置工事竣工

 平成19年 3月  附属幼稚園閉園
  
平成28年 4月  文部科学省「スーパーグローバルハイスクール」指定校

この地での最初の校舎(大正時代に撮影されたもの)

  高等女学校時代の全景
旧校舎ありし頃の浦和一女の全景
 
 
 
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